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日田彦山線の今を見に行った⑦(夜明駅)

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日田彦山線の訪問も最後の行程。
筑前岩屋駅臨時バス停留所から夜明駅まで向かいます。
先ほど乗車した同じバスが再びやって来ました。
どうやら運転手さんも一緒ですね。
乗客はやはり私一人でした。

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筑前岩屋から夜明駅まではバスで約25分。
道中も途中二駅に停まることなく、ただ黙々とバスは夜明駅を目指す。
車窓から見えた今山駅。

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夜明駅に到着。
バス30分貸し切りの移動。
利用客がいないことの虚しさ。
私が乗ったこの時間のバスはダイヤ改正でなくなるようだ。

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日田彦山線と久大本線との分岐点。
駅舎もいつしかリニューアルされたのかとても綺麗で驚いた。

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夜明駅運賃表。
枠には活性化推進の団体名が刻まれていた。

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時刻表。
日田彦山線の空白がやはりなんともいえず悔しい。

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駅舎をホーム側から眺める。
どこから見ても素晴らしい出で立ち。

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久大本線久留米方面ホームから見る。

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日田彦山線ホームに立つ。
レールはさび付いたままだ。

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右に大きくカーブを切る日田彦山線。

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ちょうど駅に久大本線の列車が入線してきた。
隣にも列車がまた到着するシーンを見たい。

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駅前にある夜明の鐘。
日田彦山線の復活を強く願った。

日田彦山線の結論が出るまであとわずか。

(2019.12.09撮影)
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日田彦山線の今を見に行った⑥(筑前岩屋駅)

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大行司駅から代行バスに乗り、隣の筑前岩屋駅に向かいます。
やって来たバスは西鉄の路線バスタイプでした。
筑前岩屋駅に向かうのは私だけでした。

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この区間、代行バスからは有名なめがね橋シリーズを眺めることができます。
もちろんその上に列車が走ることはないですが。
まず見えたのは松尾のめがね橋。

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続きましては、奈良尾のめがね橋。

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そして金剛野めがね橋。
これらのめがね橋に列車が通るシーンを生で実際に見てみたかった。

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バスからは所々土砂崩れがあったと思われる場所が見受けられた。
山林がごっそり裸になっており、こういうところが被害に遭った場所なのだろうか。

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代行バスは筑前岩屋駅からは結構離れた所に停まった。
周りは災害後の復旧工事の真っ最中。
私を降ろした筑前岩屋止まりのバスはすぐにUターンし回送として去って行った。

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とぼとぼ歩くこと約10分、筑前岩屋駅に到着。
アートな駅舎の造りにびっくりした。

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駅南側伊王寺踏切から夜明方面を見る。
踏切のバーは外され脇の筒に保管されていた。

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踏切すぐそばには、がんばれ日田彦山線の大きな看板があった。
下からこのメッセージははっきりと見ることができる。

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踏切から駅を見る。
被害が大きかったのはこことは反対側、写真奥。

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ホーム脇にも地元の人々の日田彦山線への熱い思いが綴られていた。

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駅舎北側脇。

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ここから見えたホームにもすぐに災害の爪痕が。

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駅舎内には災害時の土砂などは全く残っていない。とても綺麗に管理されている。

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筑前岩屋駅運賃表。

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代行バスの案内。
もうぼろぼろ。
代行バスが駅まで来ないのだから仕方がないのか。
この掲示を見る人がいるのか。
そもそもの利用者がどれだけいるのか。

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ホームから見る駅舎も美しい。

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ホームから夜明方面。

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添田方面。
岩の残骸が今も残る。

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そして一番被害が大きかった場所。
丸々そぎ落としたとすぐに見て取れるほどの風景。

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ホームの跡はなんとなく残っていたがまだまだ復旧には時間がかかりそうだ。

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土砂崩れがあった所にはコンクリートのブロック塀が積み上がりつつあった。


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筑前岩屋駅全景。

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少し離れて駅を見渡してみる。
駅を使う人はいなかったが、駅前の水を求めに来られる人はこのわずかな訪問の間にも数人いた。


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下から見上げた日田彦山線。
がんばれの看板がよく見える。
町の人の鉄道への思いはどれほどなのだろうか。
鉄道で移動できることを望む人はどれくらいいるのだろうか。

代行バスの停留所まで戻り、最後、夜明駅を訪問した。

(つづく)

日田彦山線の今を見に行った⑤(大行司駅)

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宝珠山の次に来たのは、お隣の大行司駅。
代行バスは私一人を乗せて、大行司駅近くの神社前に到着した。
代行バスは駅前までは乗り入れない。

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ほんの少し歩くと大行司駅が見えた。
おや、豪雨被害で更地になっていた駅舎跡になんだか新しい駅舎が造られていました。
(この2週間後、ニュースで、鉄道復旧を願う地元の人々の総意で再建されたと知りました。)

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バックの山肌は今でも土砂崩れの跡がはっきりと残されていました。

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反対側から駅舎を見てみます。
新駅舎はほぼ完成に近づいているようでした。
とても綺麗です。

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駅ホームは駅舎から階段を上った先にあります。
見上げるほどの高い位置にあります。

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階段下には代行バスの案内が掲示されています。
この駅前広場には代行バスは停まりません。

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階段を上りきるとホームが目の前に広がります。

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夜明方面を見る。

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視界少し先に土砂災害の跡が。
線路自体は元通りに戻ってはいますが、ここに列車が来る日は戻ってくるのだろうか。

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ホーム全景。

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夜明方面ホーム。

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ホームは高台にあるだけにここからの見晴らしは最高だ。
大行司駅近くの町が見下ろせる。

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階段から見下ろした新駅舎。
この町の思いは未来につながるのだろうか。

次の訪問先は、筑前岩屋駅。

(つづく)

日田彦山線の今を見に行った④(宝珠山駅)

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彦山駅で次の代行バスを待つ。
やって来たのはマイクロバスタイプ。
添田から日田までの運行だけにさっきからはグレードUPも
降りてきたのは一人、乗ったのは私だけ、車内には旅行中と思われる二人組だけ。

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次に目指したのは宝珠山駅。
彦山駅からの道中は峠越えで線路からは大きく離れたルートを進んだ。
さすがに鉄道とは違い時間がかかる。
代行バスは宝珠山駅には乗り入れず駅向かいの道路沿いに停まった。
一人乗客がいた。

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宝珠山駅舎全景。
周辺は至る所で復旧工事が行われていた。

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駅舎内は定期的に管理がされているようでとても綺麗だった。

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ホーム側からみる駅舎。

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ホームに出てみると災害で運休中であることが痛いほどに分かりはじめる。

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誰も使わなくなった待合スペース。

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ホームにある宝珠山駅運賃表。
誰もこの場所のこれを見て代行バスに乗る人はいないだろう。

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この駅名物の県境の碑は今でもしっかりと残っています。

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夜明方面の線路は雑草で埋め尽くされていました。

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反対側の添田方面は、もはやレールすら残っていません。
その先の橋梁が被害を受け、河川工事車両の入口として今は使われていました。

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その橋梁があった場所。
護岸工事がまだまだ続いている。

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対岸からみた橋梁があった場所。
写真奥が駅。
列車が走るための設備は何一つ見えない。

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ここから北側には線路は残る。
ここには踏みきりがあった。

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踏切も線路も雑草のなかに埋もれきっている。

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このままこの線路は力尽きてしまうのだろうか。
ここのすぐ近くの定食屋さんの店員さん曰く
「前は列車で来る人もいたんだけど」「列車の音が聞こえなくなったのは寂しいね」

次に向かったのは、大行司駅。

(つづく)

日田彦山線の今を見に行った③(彦山駅)

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添田駅からは災害による不通区間。
添田駅から少しだけ離れた駅横広場に代行バス乗り場があります。

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代行バスとしてやって来たのは、ジャンボタクシータイプ。
この区間がいかに需要がないかが、悲しいかなはっきりと現れています。
このとき降りてきたのは0人。
乗り込んだのは私とあと1人。

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代行バスは線路に沿うようにゆっくりと歩みを進めます。
歓遊舎ひこさん駅では、道の駅の目の前に停まります。
ここで添田駅から乗ったお客さんが下車。
車内には私一人になってしまいました。

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運転手さんに日田彦山線にまつわる状況を聞いてみると、
「(代行バスも)朝夕はほんの少し利用者がいるけどそれ以外はほとんどいない」ようで、
仮に鉄道で復旧したとしても「使う人はいるのかな、みんな(高齢者も)車で移動しているからね」
と、日田彦山線の復旧方法で揺れているのはこういう実情があるからなのかなと感じました。
話をしている間に代行バスは彦山駅に到着です。
彦山駅からバスはまた添田駅に折り返しです。
乗客はいませんでした。

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代行バスをお見送りして彦山駅をじっくりと堪能します。
駅舎は開業当時の趣を残しており非常に味のある出で立ちです。

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駅前に残っているお店はのこりわずか。
代行バスの運転手さん曰く「昔は商店がずらーっと並んでいてとっても賑わっていた」、
これが時代の流れ、今の姿。

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駅舎内。
昭和のにおい。
黒板。

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改札ラッチがなんとも絵になります。

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切符売場も木造のつくりがそのまま残っています。
きっぷうりばの昔の文字もたまりませんね。

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彦山駅運賃表。

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1番線ホーム。
朱色の柱がここが玄関口であることを主張しています。

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昔の駅名標文字体。

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2番線からの風景。
彦山駅の広さを体感。

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添田方面を見る。

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2番線から見る駅舎はその規模の大きさを更に感じ取れることができた。
朱色の屋根がよく見えるからだろうか。

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夜明方面を見る。
駅構内は全く雑草で浸食されていない。
駅はしっかりと生きている。

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駅近くの踏切から駅を見る。
線路はもちろん錆びきっているが、とても綺麗に維持されている。

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夜明方面。

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向こうに見える橋の上には成長した雑草が広がりつつあった。

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駅を向かい側から眺めてみる。

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少し山肌を進むと彦山駅舎と駅全景を俯瞰で見渡すことができます。

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俯瞰で見ると彦山駅の大きさと素晴らしさが更に体感できます。

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駅の脇にに増客時に使っていたのであろう臨時ラッチが残っていました。

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ここにはラッチだけでなく、国鉄時代の展望図による観光案内図が残っています。

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国鉄直方建築区作成となっていますが、果たして何年に書かれたものなのかは分かりません。
田川線がまだ国鉄扱いになっているのがたまりません。
伊田駅がまだ田川伊田駅ではないので昭和57年よりも前に書かれたものでしょうか。

次の代行バスに乗り継ぎ、宝珠山駅に向かうことにしました。

(つづく)
プロフィール

takamii

Author:takamii
広島県在住。

たぶん乗りテツ。

好きな車両はラピート。

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